1995年1月20日、京都北部、丹後の地で『介護ハウスうえもり』が産声をあげました。さかのぼること30年、介護保険制度が始まる5年前のことです。
外観も内部も生活感あふれる建物は両親の自宅の一部を譲り受けた本物の民家。開業に協力的だった父親が島根や福井の介護施設に視察に行ってくれたのを覚えています。当時は民間事業者が介護サービスに参入することは珍しく、相談に行った町の役場は塩対応。利用される方がスタッフと一緒に普通の暮らしを楽しんでいただけるような、家庭的で小さい施設を作りたい!持ち前の反骨精神に突き動かされるように準備を進めていきました。思い立ってから3~4ヶ月、理想の介護への長い道のりが始まりました。
今では認知症ケアを専門とするうえもりですが、当初は入院治療や医療処置が必要な人を除き、介護が必要な人は誰でも受け入れていました。ところが実際に始めてみると、利用者さんの8割が認知症(当時は痴呆症)を患っていたのです。しかもそのほとんどが中等度から重度の方。理想とする「家庭的な介護サービス」を必要とする人たちが今ここにいる!と直感し、『介護ハウスうえもり』を開設した1年後には認知症介護を専門にすることを決めました。1998年1月、うえもり2つめの施設として『グループホームふれあい』が誕生しました。
【認知症介護との出会い】
話を少し戻して、認知症介護との出会いについて触れてみたいと思います。大学3年の11月、在宅で介護状態だった父方の祖母が入院し、翌年2月に亡くなるまで、病院で付き添いをしていたことがありました。今から思うと恐らく祖母は認知症でした。卒業後は高齢者福祉の道に進むことを決めていた私にとって、認知症介護と直接対峙した最初の瞬間でした。
病院での年越しという、お世辞にも楽しいとは言えない経験でしたが、その時のことは仕事として介護に携わるようになった後にも生かされています。例えば夜間徘徊がある方に、「一緒に寝よう」と声をかけて添い寝をすると安心して休んでいただけることがあります。同じ布団で寝るというのは、普通はあまりしない対応かもしれませんが、そのような工夫をしてみようと思ったのは、病院で祖母と過ごした時間によるところが大きいのではないかと思います。
【認知症介護のプロとして】
認知症介護を専門にすることを決めてからは、猛勉強の日々でした。仕事の合間を縫って2ヶ月に1回、1年半にわたって参加した勉強会では、認知症介護の中心的な考え方につながるパーソン・センタード・ケアやアセスメントづくりなどをいち早く学ぶことができました。全国各地の先進的なグループホームに泊まり込みで実習させていただき、本物のケアを体得できたことも大きかったと思います。当時の私を受け入れてくださった諸先輩方には今でも心から感謝しています。
『グループホームふれあい』を開設した当時は同様の施設がまだ少なかったこともあり、介護支援専門員を育成するための京都府の専門研修で講師を務める機会にも恵まれました。1998年から2002年までの4年間、30歳そこそこの若輩者が行う拙い講義だったと思いますが、人に教えることが自分自身の学びにつながり、認知症への知見が一気に深まりました。
その後、2007年に認知症ケア准専門士、2012年に認知症介護指導者の資格を取得し、認知症介護のプロとしての道を歩み始めることになりました。
【『認知症なんでもサポートうえもり』開始、新たなフェーズへ】
2024年6月、与謝野町の委託事業『認知症伴走型支援事業・認知症なんでもサポートうえもり』が始まりました。令和3年度に創設された「認知症伴走型支援事業」は、グループホームなどの認知症介護に関わる地域資源を活用して相談拠点を設け、認知症の状態にあるご本人やご家族を日常的・継続的に支援することを目的とした国の事業で、認知症に対する深い理解や抱負な知識と経験が求められます。
うえもりでは認知症の状態にある方を支える様々な関係者の相談役として、2013年12月に『認知症なんでも相談カフェうえもり』をオープンしました。対応させていただいたご相談は延べ約280件。『認知症なんでもサポートうえもり』はその発展形となります。地域の方に向けた小さな施設での家庭的な認知症介護が、国から認められた瞬間は感慨もひとしおで、同時に30年の苦労や努力が一気に報われたようなほっとした気持ちに包まれました。
ほっとしたところでこれからはのんびり旅行にでも…と言いたいところですが、認知症の状態にある方の人口比率は2025年に20%に達する予測で、今や認知症は「誰にでも起こりうる身近なもの」となっています。認知症を患っている方に対する社会の理解も一進一退を繰り返し、私の挑戦もまだしばらく続きそうな予感がしています。
【認知症介護に携わる仲間たちへ】
これから認知症介護に携わる方への応援メッセージを最後にお伝えしたいと思います。人によって介護のスタイルはさまざまですが、利用者さんの体調や気分をよく観察して、一緒にできることは一緒に、利用者さんがひとりでしたいことは見守る、という意識で接してみてください。イメージは「自分の隣にいるちょっとおせっかいな人」。自分ごととしての認知症介護というとハードルが高いですが、ぜひ利用者さんと一緒に楽しむ心を持っていただければと思います。
福祉のうえもりは2025年1月に介護事業開始から30年を迎えます。これまでと変わらず、その先も見据えながら、私たちらしく歩んでいくことができればと考えています。
福祉のうえもり グループホームふれあい施設長 桑原さわ江